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東京高等裁判所 昭和53年(う)1259号 判決

控訴人 被告人

被告人 園加代子

弁護人 斉藤鳩彦 外三名

検察官 加藤泰也 西岡幸彦

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人斉藤鳩彦、同市来八郎、同村野守義、同船尾徹が連名で提出した控訴趣意書、同弁護人ら及び弁護大堀敏明が連名で提出した同補充書その一ないし三に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中野林之助が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意中、原判決は、弁護人の公職選挙法(以下公選法という)一三八条、二三九条三号の戸別訪問禁止・処罰規定が憲法に違反する旨の多岐にわたる主張について重要な論点を脱漏するなど著しく不十分かつ不正確な要約摘示をし、かつ、これに対しても的確な応答判断をしないで弁護人の主張を排斥したものであるから原判決には審理不尽、理由不備の違法があるとの主張(控訴趣意書第一、同補充書その三)について

所論にかんがみ検討すると、もともと所論の違憲の主張は刑訴法三三五条二項に定める法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実の主張として判決において必要的に判断を示さなければならない事項には該らないと解すべきであるから、原判決が弁護人の右主張を要約摘示するところに不備があり、また原判決が弁護人の右主張に対し的確に応答判断していないとして原判決に審理不尽ないし理由不備の違法があるとする所論はその前提を欠いて失当であるばかりでなく、裁判所は必要的判断事項に属さない事項についてとくに判断を示す場合には自らの職権判断に際し重要な意味を持つと考える事項のみを示せば足りるのであり、その観点からすれば、原判決の「憲法違反の主張について」として要約したところは、弁護人が公選法一三八条一項、二三九条三号の規定を違憲とする主張をすべて排斥したものの、その主要な論点を摘録しこれに説示することによつて、原審裁判所が右規定を合憲とする理由をも示しているものと解せられ、その意図するところは大綱において正鵠を得たものと認められ、また原判決の右合憲の判断も肯認できるのであるから、所論は到底容れることができない。論旨は理由がない。

第二控訴趣意中、本件公訴提起の手続は、警察当局による民主的医療団体等に対する不当な弾圧を目的とし、被告人に対してなされた違法な捜査や取調に基づき、公訴権を濫用してなされた違法なものであるから原審裁判所は本件公訴を棄却すべきであつたのに不法にこれを受理したものであり、また原審裁判所が弁護人の公訴棄却の申立を排斥した理由について説示するところには理由不備の違法があり、さらに前記主張を立証するため弁護人がした証人申請を却下した原審裁判所の訴訟手続には審理不尽の違法がある旨の主張(控訴趣意書第二、同補充書その二)について

そこで検討すると、公訴提起についての検察官の独占的権能と起訴猶予に関する多年の運用の結果による裁量の基準とにかんがみ、客観的に犯罪の嫌疑のない、又は明らかに起訴の裁量を逸脱したことさらな公訴提起に対しては公訴権の濫用として公訴棄却が考慮される場合があるとしても、犯罪の嫌疑が十分でこれに対する捜査手続に違法があつた場合の公訴提起については、その違法は刑訴法二四八条にいう犯罪後の情況等犯罪の情状として、右の起訴の裁量の逸脱の一類型に当るとされるに過ぎず、原則として個々の違法な手続の効力の問題に止まるものと解せられるところ、原審公判調書中証人鶴見徳太郎の供述記載を含む関係証拠によれば、原判決が「公訴権濫用の主張について」の項において説示するとおり、本件が捜査機関に発覚したのは被告人及び氏名不詳の女性二名が本件当日当時大森警察署長であつた鶴見徳太郎方を訪問し同人妻きぬ子に対しその二週間後に施行の衆議院議員選挙に際し東京都第二区から立候補した米原いたるに対し投票方を依頼したことによるもので、捜査の端緒がこのような偶然の事情によることのほか、本件起訴にかかる戸別訪問の公訴事実が同じ日のうちに右鶴見方への訪問の前後にわたつてなされた同じ町内の他の一二名の者(合計一一戸)に対し右同様戸々に訪問したとするものであつたことを併せ考えると、捜査機関が所論のような特別の意図をもつて被告人らを捜査し本件を探知したものではなく、偶々認知した被告人らの行動をきつかけとしてその後の通常の捜査によつてたやすく全容を把握したものと推認するに難くなく、原審公判調書中証人徳永重正、同田中文平らの各供述記載部分を含む関係証拠に照しても、本件捜査の過程において捜査官が全日本民主医療機関連合会や大田病院あるいは日本共産党を敵視し、その活動を弾圧するため違憲、違法な捜査を行なつたことを窺わせる事情は何ら認められないし、また前掲証拠によれば被告人が氏名不詳の二名の女性と共謀のうえ、本件当日国分孝子ほか一二名方(合計一二戸)を戸々に訪問し、もつて戸別訪問したとの前記公訴事実はその証明が十分であるところ、被告人の右戸別訪問行為が組織的計画的に行われたこともその犯行態様に照し明らかであり、それ自体公訴の提起をなすべきでない軽微な事案であるとは到底認められず、被告人の原審及び当審公判廷における供述を含む本件全証拠を検討しても検察官が所論のいうような特定の意図のもとに被告人を起訴したことを窺わせる証跡はなく、なお被告人が原審及び当審公判廷において供述する、本件後被告人に尾行がつき、逮捕時には逮捕状が示されず、取調に当つて本件とは無関係な事柄や思想転向を迫る取調べもされた等警察の捜査が不当であつたとする事項を前提としてもこれをもつて証明十分な本件犯行の公訴提起を不適法とすべき事情とはなし難い。従つて弁護人の公訴権濫用の主張に対して原判決が「公訴権濫用の主張について」の項において説示するところは結局右と同趣旨であり、これに理由不備の違法があるとする所論は採用できない。また、もとより裁判所としては必要性を欠きあるいはこれの乏しい証拠まで採用し取調べる要はなく、前示のように前掲各証拠によつて本件捜査に本件公訴を棄却すべき重大な違憲、違法はないとの判断に達していた原審裁判所が、さらに捜査機関のそのような違法行為を立証するためとする弁護人の証人の取調請求をその必要はないとして却下した措置も正当として是認することができるのであり、なお記録を精査しても原審裁判所の訴訟手続に以上の点について審理を尽くさなかつた違法があるとは認められないから、所論はいずれも採用することができない。論旨は理由がない。

第三控訴趣意中、公選法一三八条一項の戸別訪問禁止規定は、憲法の基本原理や憲法の諸規定に違反する等の多岐にわたる主張(控訴趣意書第三、第四、同補充書その二、三)について

所論にかんがみ検討すると、わが国における選挙運動としての戸別訪問の禁止は選挙腐敗の防止を理由として設けられた大正一四年の衆議院議員選挙法をもつて嚆矢とし、昭和二二年二月成立した参議院議員選挙法においてその禁止規定が廃止されたが、同年三月には再びそれが採用されることとなり、その後昭和二五年五月一日施行の現行公職選挙法に引き継がれ、同法一三八条一項に、「何人も選挙に関し、投票を得若しくは得しめ、又は得しめない目的をもつて戸別訪問をすることはできない。」と規定され、同時に同条項但書に「公職の候補者が親族、平素親交の間柄にある知己その他密接な間柄にある者を訪問することはこの限りでない。」旨の例外規定および演説会場の告知や政党の名称を告知する等の行為を戸別訪問禁止の行為とみなす旨の第二項の規定が設けられたが、右但書の規定も、「この例外規定を利用した脱法行為のため選挙人としては一面識もない候補者、選挙運動者が自宅や勤務先を訪ねてきて迷惑を受けることが少くなく、候補者においても多少なりとも関係のある選挙人に対してはもれなく戸別訪問をしておかなければ選挙の結果不利益を蒙るおそれがあるとして必要以上に戸別訪問をすることを余儀なくされるという弊害が生じた」等の理由で昭和二七年に削除され今日に至つているものであるところ、右にいう戸別訪問は、その手段方法となつている言論の内容から言えば、候補者またはこれを行う者において選挙人に対し、自己又は自己の支持する候補者やその所属政党の政見、政策などを提供宜伝し、自己に投票し又はその選択する特定の候補者に投票し若しくは投票しないよう勧誘、説得、依頼し、自己あるいは自己の支持する候補者、政党の政見、政策と異なる政策等を批判し、これを支持する政党、候補者を批判する表現行為であるから、その表現内容は憲法二一条にいう表現の自由に含まれることはいうまでもなく、他面国民は選挙権の保障によつて、国政への参加の機会を持ち、ひいて政治的活動の自由や選挙運動の自由をも保障されている、と解されるから、戸別訪問の一律的な禁止は政治的な言論の表現行為及びそれによる選挙運動の自由を制約するものとして憲法二一条の規定に抵触する疑いがあり、憲法前文、一五条の関係でも問題となるものといわなければならない。

しかしながら、いかなる憲法上の権利、自由ももとより絶対無制限ではなく、憲法一二条及び一三条に照し公共の福祉の立場からする制約に服すことは明らかであり、ことに選挙運動についてはそれが多数候補者、政党によつて一定の期間内に同時に行われることを考えると、公選法一条にもいうように「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明かつ適正に行われることを確保する」ために必要な合理的規制を内在的に保有するものと解せられるから、選挙の公明適正を確保するため選挙人の自由を損うおそれのある手段方法による選挙運動については、必要にして合理的な制限を加えることも憲法上許されないわけのものではないといわなければならない。

ところで公選法一三八条一項は戸別訪問を一律に禁止するものであるところ、戸別訪問で豫想される前示のような選挙に関する特定候補者、政党についての表現行為は、現行公選法のもとにおいては、個々面接、電話による依頼、数量回数の制限のもとでのはがき等の文書やラジオ、テレビの政見放送による方法、立会演説会の開催など各種の手段方法によつて行うことが許されているから、戸別訪問の禁止は、右の候補者等についての表現内容そのものを禁止しようとするのではなく、それらについての表現行為の手段方法のうちの一つを制限しているに過ぎないものということができ、これを選挙運動の面から見てもまた同様に考えることができる。したがつて右の禁止が合理的理由により必要な限度に止まるものである限り憲法二一条、一五条に違反するものではないというべきである。そして公職の選挙のたびごとに買収事犯等各種の選挙犯罪が跡を絶たないことは顕著な事実であり、現状のもとで一般公衆の目に触れない場所において選挙人と直接対面して行われる戸別訪問が許容されるときは、その機会を利用して買収、威迫、利害誘導等選挙の自由、公正を害する行為が行われる相当の蓋然性があり、また候補者の側でも他候補者との対抗上訪問回数を競うことになつてその煩に耐えられなくなるなど選挙運動の実質的公平を害するおそれがあり、さらに選挙人としても全く未知の候補者等から累次の訪問を受け家事その他の業務が妨害され、私生活の平穏が害されるおそれもあり、なお経済力、組織力、動員力に勝る候補者が有利となり候補者間の選挙運動の実質的平等を保持し難くなる危険性があるなど戸別訪問に伴ない種々の弊害が発生する蓋然性のあることはこれまでの論議や経験に照してこれを否定し難く、かくては選挙の自由公正の確保は困難となると解せられるから、関係証拠によれば戸別訪問禁止の立法過程の当初ではその理由として戸別訪問行為は議員候補者の品位を害するというような、現在では戸別訪問を一般的に禁止する根拠としては薄弱な理由も挙げられていたことが認められ、また選挙運動としての戸別訪問には前示候補者、政党の政見、政策が直接の対話を通じて選挙人にその判断材料として提供され、相互に討論し批判して理解を深める機会が与えられる等の利点のあることも認められるけれども、全国的に見る場合に個人が政治的意思を決定するについて必ずしも討論を好まず、時に血縁や地域的な結び付きに流れる傾向も残存しているわが国民性をも併せ考えると、現時点においては、戸別訪問の禁止により前示の投票依頼等の政治的言論を内容とする表現行為及びそれによる選挙運動の各一態様が制約されるという表現の自由と選挙運動の自由に対する制約の程度並びにそれによつて失われる前示の利点と、戸別訪問の禁止により選挙の自由及び公正が維持増進される程度並びにそれによつて前示弊害が除去されることによる利益とをそれぞれ比較衝量すれば、前者による制約はそれ以外の方法による政治的意見の表現や選挙運動をも制約するものではないのに対し、後者すなわち禁止による利益は選挙の自由及び公正の維持増進という国民の基本的な権利に関する重要かつ積極的なものであるということができ、したがつて得られる利益は失われる利益に比してより重要であり、右禁止の必要もあるとした立法府の判断は未だ合理性を欠くに至つているものとは認められないから、以上の観点からすれば公選法一三八条一項の戸別訪問禁止の規定が合理的理由を欠き必要の限度を超えた表現及び選挙運動の自由の規制ということはできず、右規定が憲法前文、一五条、二一条に違反するとする所論は採用することはできない。

以上に関し、所論は、前叙の戸別訪問による弊害論はいずれも理由がないものとし、戸別訪問が不正行為の温床となるとする論は合理的関連性が説明できず、戸別訪問を受けた選挙人が迷惑するとする論も品川区長準公選の実績やイギリスにおける選挙改革の歴史に照し、また、戸別訪問が各候補者の過当な競争を招くとの論についても前同様にイギリスでの経験に徴しいずれも論証できないから戸別訪問禁止の合理的理由を欠くものである旨主張するので検討すると、戸別訪問は大正一四年以降昭和二二年二月からの短期間を除きそれが許容されたことはないのであるから、これによる弊害について実証的調査のないことは当然であり、しかもこれは政策的な論争の対称となるものであるから、弊害発生の有無、程度はいずれも禁止解除についての論議の場で表現された豫測によつて推論するのほかはなく、かつ事柄の性質上それで足るとすべきであるところ、従前から選挙制度審議会等においてその弊害が繰返し論ぜられて来たのであるから戸別訪問が行われることによつて前示各弊害が発生する蓋然性があると認めることに誤りはなく、また証人相見昌吾の当公判廷における供述を含む関係証拠によれば、東京都品川区長候補者選定に関する条例にもとづいて昭和四七年一一月一二日同区において実施された区長候補者選定のための区民投票において、区議会が区長候補者を定めるにあたり、地方自治法一一〇条の規定に基づき設置された区長候補者選定に関する特別委員会の設けた投票管理委員会と立候補者との間で、買収、饗応及び他の立候補者を誹謗、中傷しないこと等を協定しその旨の協定書を取り交したほかは戸別訪問禁止等の規制を設けないで区長候補者になろうとするために行われる運動がなされたところ、投票資格者は区民投票の公正の確保に関し投票管理委員会に意見を申し出ることができると定められていたにもかかわらず、右の投票においては買収、饗応等も含めて公選法上実質犯に属する選挙違反行為に該る前記条例にいう区民投票の公正を阻害する不正行為がなされた旨の申し出は一件もなされず右区民投票が一般の選挙の場合に比し公明に行われたことはこれを窺うことができるのであるが、それは右区民投票が住民運動から発祥し、賛否をめぐる数々の論議の末テストケースとして区民はもとより報道関係者や多数の有識者等の関心と注視のもとで行われたこと、これに伴なう候補者、運動員側の自覚に加え、右区民投票において多数を得たものがそのまま区長に選任されるのではなく、区議会が区長候補者を選定する際の参考とされるにとどまつたこと等の諸事情によるところもまた大きかつたと認められ、なお前示のように右区民投票においてはもともと買収、饗応等の不正行為がなかつたと認められ、買収等の不正行為は多発したが戸別訪問の機会になされた不正行為はなかつたという訳でもないのであるから、右区民投票の事例は選挙運動に関する一つの実験的試みというべきではあるが、これをもつて直ちに戸別訪問の機会に買収等がなされる懸念のないことが実証されたとはいい得ないことも明らかであり、さらに証人横越英一の当公判廷における供述を含む関係証拠によれば、英国における選挙制度や選挙運動、とくにそのための法制定を経て腐敗行為根絶に至る歴史の過程において一議員から戸別訪問(キヤンバシング、個々面接、投票の勧誘、登録運動等を含む)を一般的に禁止すべきであるという修正案が提案され圧倒的多数で否決されたことがあつたほかは戸別訪問を一般的に禁止した立法ないしその企てがなかつたことなどは我国における選挙運動を論ずるにあたつて十分参照されるべきものではあるけれども、それが国民性、国情、選挙制度等を異にする我国に直ちにそのままあてはまるものではなく、前掲横越証人ももとより選挙に対処する仕方に国民性の相違があることを否定している訳ではなく、その是非は別として、理性的であるよりも情趣的傾向が強く、一般公衆の目に触れない場所における未知の訪問者との対話に慣れておらず、とくにそのような状況のもとでは相手方の不條理な要求に対しても明確に拒絶することを躊躇する我国民の心性、地域によつては未だいわゆる地縁、血縁の結びつきが強い閉鎖的な社会が相当に存在することを否定することができない現実、欧米諸国においては政党本位の選挙運動が徹底しているのに対し、我国においては個人本位の選挙運動がなされていることなど経験上明らかなこれらの諸事情は、同一選挙区における同一政党からの複数候補者の立候補を許す中選挙区制や独特の政治資金規制とも相まつて、戸別訪問を許容するときにはその機会を利用して買収その他の不正行為がなされ、その他前示の諸弊害を生ずる蓋然性が相当程度に存することを推測させるに足りるものであり、我国と事情を異にする英国における選挙と戸別訪問をめぐる前示の考証をもつて戸別訪問に伴なう弊害が杞憂にすぎないことを実証するものということのできないことも明らかである。そして近時選挙制度審議会、選挙管理委員会、自治省等の意見や一般新聞報道にも戸別訪問の解禁ないし自由化が強調されて来ているところではあるが、これまたより適切妥当な立法上の改正を指向するに止り、そのことから直ちに戸別訪問の禁止が前示弊害と関連性のないこと、すなわち合理的理由を欠いて違憲であることを示すものとすることのできないこともいうまでもないから、所論はいずれも採用の限りでない。

また所論は、公選法一三八条一項、二三九条三号の刑罰による戸別訪問禁止は表現の自由の制限であり、このような基本的人権の中でも最も重要なものの禁止、制限に当つては「同じ目的を達成できる、より制限的でない他の選びうる手段の原則」等のより厳しい基準が適用さるべきであり、したがつて規制の態様としてもある一定の危険度の高い戸別訪問例えば候補者及びその親戚の行うもの、報酬をえて行うもの、夜間ないし長時間にわたるもの、多人数で行うもの、被訪問者の拒否を無視してなされるもの等に限つて所、時、方法を明示して制限すべきであり、これによらない禁止・処罰規定は憲法二一条に違反する旨主張するので更に判断すると、表現に関して発生することが危惧される弊害は表現の内容そのものから生ずる場合と表現行為の手段方法から生ずる場合とがあり、後者の場合であつても表現内容そのものを規制するときは表現の手段方法のすべてが禁止されるのに対し、表現の特定の手段方法で弊害の発生が危惧されるもののみを規制する場合は表現内容を伝える他の手段方法は禁止されることなくなお自由になしうる状態におかれるのであるから、この弊害のみを防止する目的で表現の特定の手段方法を禁止するに止まる規制については、表現内容自体の規制が正当化されるような弊害よりもはるかに小さく、軽い程度の弊害しか危惧されないときでも、それは正当化されるものと解され、したがつて右の禁止が憲法に違反しないかどうかを判断するについては、この種審査に一般に用いられる方法、すなわち禁止の目的、その目的と禁止される行為との関連性、とくにその禁止が当該目的を達成する手段として有する必要性・有効性及びこの禁止によつて得られる利益とそれによつて失われる利益との均衡について検討し、それらに合理的理由があり、かつ必要な限度を越えないかどうかにより判定すれば足るとすべきであるから、右の場合には、表現内容自体の規制の合憲性判断の基準として論ぜられる「明白かつ現在の危険」「のつぴきならない必要性」「より制限的でない他の選びうる手段」等の原則、すなわち、もたらされる弊害が直接的、具体的であることが明確にされ、禁止することもやむをえないと認められる限度でのみこれを合憲とする基準は適用はないと解すべきであり、また複雑にからみ合う政治情勢や次第に変動する国民の政治意識のもとでの多数の人の多様な行動を予測しこれを適正に規制しようとするための規制手段と目的との関連性及びその手段の必要性を判断するには、その前提として複雑で微妙な事実認識が要求されるものの、それについてまでも裁判所の独自の認定に委ねるのは必ずしも適当ではなく、その点は立法府の判断を尊重し当該目的を達成するために立法府が調査し採用した手段について合理的な関連性があるかどうかのみを審査することで足るとすべきでもあるところ、前叙のように、公選法一三八条一項は、表現の内容自体の規制を図るものではなく、投票依頼等という表現行為の手段方法の一つを制限するに過ぎないと認められ、一方戸別訪問が行われることによつて予測される選挙の自由公正を害する弊害の発生する蓋然性は決して小さなものではなく、その弊害の程度も表現行為の手段方法の一つに過ぎない戸別訪問の禁止を正当化するに足らないほど軽小ということもできないから、この間の憲法判断について所論の原則(基準)を適用しそれを前提として違憲をいう論旨もまた採用することはできない。

また所論は、公選法一三八条は、(一)選挙運動を目的とする戸別訪問だけを禁止するから選挙運動をする人とそうでない人を分類し前者のみの市民的自由と政治的表現の自由を規制するものであり、また(二)この禁止は電話、印刷機、紙、車両、拡声機、特別な弁論能力など表現手段に恵まれた者とそうでない者とを分類しその差を更に拡大する結果を生じさせるから平等保護条項による司法審査を受くべきものであり、その意味で憲法一三条、一四条一項に違反する、というのであるが、右戸別訪問禁止の規定は国民のすべてに平等に適用され特に対象者に区別を設けていないのみならず、(一)についていえば前叙したようにその適用が合理的な制限として是認される以上所論の区別もまた許容される合理的な差別とすることもできるし、(二)についても所論のいう分類はそれ自体移動性のある不明確な基準によるものであり、本来明確な基準により明白な侵害の摘示を必要とする司法審査上の違憲論(なお所論指摘のドイツ連邦共和国連邦憲法裁判所及びアメリカ合衆国連邦裁判所の事例も同様である)としてはその前提を欠くから、結局所論はいずれも採用できない。

なお所論は、原判決は戸別訪問行為には実質的な処罰の必要性があるとしているところ、被告人の本件訪問行為は老人・乳幼児医療公費制度を充実させる等の目的でなされた活動で理想的な選挙運動形態のものであり、これを処罰する実質的必要性は全くないから、これに対して刑罰を科した原判決は理由不備の違法を犯すとともに憲法三一条の適正手続に違反する旨主張するので検討すると、戸別訪問はそれ自体犯罪性をもつものではなく本来的には無色な行為であるが、これが選挙運動としてなされるときは経験上前示のような種々の弊害を伴なり蓋然性のあることを否定し去ることはできず、かつ戸別訪問は一旦戸内に入つた後はそこにおける行為は一般公衆の目に触れることはないこと等その行為態様から戸別訪問に伴なう実害を戸別訪問行為と切離して規制することは現実には著しく困難でその実効性を期し難いために公選法一三八条一項は戸別訪問という形式自体をとらえてこれを全面的に禁止しているのであつて、原判決の戸別訪問禁止規定が憲法の諸規定に違反するものとは認められない旨の判断は当然右趣旨の判断を前提として含むものであることは同条項の規定の文言、形態に照しても明らかであり、もとより原判決の説示が同条項は実質的な必要性のある事犯のみを処罰する趣旨であるというものでないことはいうまでもないから、右の点について原判決に法令適用の誤り、理由不備等の違法があるとする所論はもとより容れるに由なく、従つて所論のいうように被告人の本件戸別訪問行為が、老人・乳幼児医療公費制度等を実現するために地域住民の声を政治の場に反映させようとしての活動等であり、買収等の不正行為のおそれはなかつたとしても、被告人が投票依頼の目的に出たものである限り、公選法一三八条一項、二三九条三号の適用を免かれるものでないことは明らかでそれが適正手続を保障した憲法三一条に違反するものとも到底認められない。

以上のとおりであるから、近時の国民の政治的意識の進展、高揚の状況にかんがみ、戸別訪問の禁止はこれを解除すべきか否かにつき選挙区制や政治資金規制等の改善のための検討と併せ早急な立法上の検討が望まれるところではあるが、それが違憲であるとする所論は結局採用するに由なく、論旨は理出がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 永井登志彦 裁判官 中野保昭)

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